Believe In Magic−JOHN・B・SEBASTIAN

fulmas2009-06-26

ジョン・レノンは別として私のお気に入りジョンにジョン・サイモン、Dr・ジョン、ジョン・スチュアート、ジョン・バック・ウイルキン等がいる。
そして特に好きなのがジョン・B・セバスチャンだ、温かくて親しみのあるヴォーカル、抜群のギター・プレイ、目の覚める様なブルース・ハープ
(お父さんは有名なオート・ハープ奏者だったらしい?)アメリカのルーツ・ミュージック研究家としてもライ・クーダーに引けを取らない。

高校卒業の頃ラジオで良くかかっていて聴いた「デイ・ドリーム」や「サマー・イン・ザ・シティ」、その後レコードを買って「魔法を信じるかい?」も良く聴いた!ジョン・セバスチャン率いるバンド、ラヴィン・スプーンフルである。1965年友人ザル・ヤノフスキーと結成、その前は二人ともあのママス&パパスのママ・キャスとマグワンプスというバンドをやっていた(あまり長くはない)、ジョンは更にその前1964年にはあのマリア・マルダー、デヴィッド・グリスマン等とイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドをやっていた。
ラヴィン・スプーンフルは’66、’67の2年間は黄金期でであったが’68にはジョンが抜けてしまう(余談ですがウディ・アレンの映画「ホワッツ・アップ・タイガー・リリー」のサントラ盤はL・スプーンフルが使われていて国内盤ライナーにはサエキ・ケンゾウがフルハウスの事を書いている。)
さてジョンは68年にソロアルバムを発表後69年にあのウッド・ストック・フェスに参加激しいバンドが多い中アコギを持ってゆったりと「アイ・ハド・ア・ドリームス」を歌い上げ、正にラヴ&ピース!存在感を示した。

76年に発表した「ウエルカム・バック」は見事全米1位に輝いた(それまでに5枚のソロアルバムを発表している)がその後音沙汰無し、
ちなみに76年には麻田(ご存知トムスの主宰者)、岩永(当時のパイド・パイパー・ハウスの社長)両氏の骨折りであの「ローリング・ココナツ・レヴュー」コンサート(私も助っ人で頑張った!)に出演、曲毎にブルース・ハープを客席に投げ込み、おおいに湧かせた!(欲しかったなァ!)他にスタッフ、ジャクソン・ブラウン等も出た。

移籍問題からか?16年後にやっとアルバム「タール・ビーチ」を発表、ロン・カーター、T・シールマンズ、J.ホール、L.ヘルム、R・ダンコ、G・ハドソン等そうそうたるメンバーが参加している。

その後体調不良か?暫く沈黙の後96年にあのジム・クエスキン・ジャグ・バンドのフリッツ・リッチモンドとJohn Sebastian&The J・Bandとしてアルバム発表、99年にはセカンド・アルバムを発表しゲストに大好きなジョン・サイモン、ジェフ・マルダー等を迎えている。2005年残念ながらフリッツは帰らぬ人となってしまった。

2007年再びジョンは帰って来た、しかもスタートのイーヴン・ダズン・ジャグ・バンド仲間のデヴィッド・グリスマンと二人名義で、正に初心に帰った訳だ。今注文中なので感想は次回に回すが、嬉しい!病気の情報が出て以来いつもハラハラしているが、まだまだ頑張って欲しい、フリッツの分まで!!